フラストレーションから死にたくなった人生の暗黒期

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〜目次〜
第0章 こんな自由(のんき)に生きれる訳とは
第1章 フラストレーションから死にたくなった人生の暗黒期 ←今ココ
第2章 美容学生時代〜好きな仕事をしたら幸せ。は幻想〜
第3章 ネットビジネスの可能性〜20歳月3000万円稼いだ方の側近に〜 
第4章 海外移住(ワーホリ)で再認識したグローバル化による格差社会

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学生時代の色んなものに抑圧された

10代後半、常に頭の中は白い霧に覆われていた時の物語

 

 

 

2009年12月 18歳 (浪人生時代)

 

フラストレーションから死にたくなった人生の暗黒期

 

 

当時の僕を一言でいうとこれだと思う。

年齢でいうと浪人の年齢で大学受験をしていた頃

とにかく僕はサラリーマンになるのをイメージすると死にたくなった。

 

母親に「死にたい」と言わずにはいられなかった。

なんでなりたくもないサラリーマンになる為に大学にいかないといけないんだ。

なんで、親の言いなりにならないといけないんだ。

 

 

 

死にたい

 

死にたい

 

死にたい。。

 

 

 

 

こんな状況になったのは親の教育方針に影響していた

 

 

うちの両親は典型的は過保護の世間体を気にするタイプ

かなり抑圧されて僕は育った。

 

▪例えば

親は子供が大学を卒業させるのが仕事と考えてたり

若い頃は勉強だけしていればいい、目立たないのが良いと教えられたり

成績の悪い子とは関わるな と怒られたり

学校で仮にカツアゲされたら金を払って逃げろ と言われたり

子供は暴力でいうことを聞かせればいい と父が発言したり

 

これだけでもかなり嫌だったんですが

僕が最も嫌だったのは進路を自分で選ばしてくれなかったこと

 

 

僕は自分をヤンキーだと思ったことはなかったが

ファションや女、hiphopが好きだったりと好奇心旺盛で

僕の実家が岐阜県という田舎だったこともあり

遊びとなるとどうしてもバカな遊びをよくしていた。

あるとき、夜遊びでのとある事故から警察沙汰になり

高校を中退。当時15歳でした。

 

 

もちろん、親は大学に僕を進学させたいから

学校を辞めるなとか、編入しろとか

当時の僕には謎のことを言われました。

 

 

15歳、

先のことなんて正直、ピンときてなかったと思う。

でも、高校を中退して

自分がまずしたかったことは働きたかった。

とにかく働きたかった。

自分でお金を稼いで自立したかった。

 

それは親の束縛から解放されたかったのもあるだろうし、

学校に興味がなかった。

勉強が嫌いだったし、

 

「働かせてくれ!」と主張した。

働いてから学校に行くという選択肢も提案もみた。しかし

 

 

親の答えは「 NO 」

 

 

 

事故で親に迷惑をかけた気持ちもあった

家を出てやっていく勇気もなく、そんな知識もなかった僕は

 

 

大学進学の繋がる某有名予備校に通うことになった。

 

そこは名古屋にあり、

岐阜県から出たことのない僕には刺激的で新鮮だった。

 

 

次に僕が動いたのは

16歳の時、

僕は当時から、データを分析したり人生について

たぶん、同世代よりも考える時間が長く

コンビニに置かれているビジネス雑誌に載っているお勧めの本を買って読んでみたりしていた

 

その頃に

本田宗一郎の本とか成功者の啓発書を読み漁ったり

死ぬ前に後悔することリストを読んで参考にしていた。

 

 

そんなこともあり、

人生の大半を時間を費やす仕事を好きな仕事にするべきだ。

という考えに至るのはそう遠くはなかったと思う。

 

 

自分には何が向いてるんだろう。

好きなんだろう。と自問自答していた。

自分にはファションとhiphopくらいしかなかった。

音痴だし、歌手を目指すのは無理だと速攻断念して

小学校の頃から図工が好きで賞もとっていたりして

得意だった経験。

ファションが好きだった経緯から

美容師になりたいと考えるようになった。

 

 

専門によっては、

高校卒業してなくても入れるところがあることを

 

調べて知った僕は、興奮した

 

〜妄想だとこうだ〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

16歳の今から真剣にやれば

普通の連中が19、20歳で美容師になった頃には

俺はスタイリストになってるっしょ。

で、おれイケメンだし、

この専門だと実家から遠いから名古屋で一人暮らしてー

親から解放〜

おれ、モテモテ

おれ、かしこ

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

 

で、さっそく専門に体験入学をしに行った

 

僕の今の時期は遊ばず、美容スキルを伸ばすという考えに

学校側が基本は18歳からだけど

君ならいいよ。って感じだった。

 

 

親に言ってもどうせ反対されるのは目に見えてたから

僕は強行突破を考えた。

 

勝手に応募用紙を記載し受験したのだ。

 

結果は合格。

 

 

さーここからが問題だ。

親を説得させなければならない。

最低入学金のまとまったお金、学校の費用は最悪自分で払う。

 

人生プランのプレゼン形式で資料を用意して

家で権力、資金源のある順に説得をしに行った。

 

祖父

 

実際、僕はここまで準備して

自分の中ではかなり真剣に将来を考えて行動したことなので

嫌嫌、承諾をしてくれると思っていた。

 

 

。。しかし

 

答えは「NO」

 

 

理由はあれこれ言われましたが要約すると

 

大学に行け

大学の費用は払うがそれ以外は援助しない

 

 

と、いうものだった。

これは本当にショックだった。

 

 

親の僕に対しての説得ポイントとして

言われたのが

大学に入って、卒業して

まだ専門に行きたいなら

その時に考えろ。

 

 

絶望。

 

 

やりたいことがやれない苦しみ。

飼われている感覚。

全てが嫌だった。

 

 

 

必死に、自分に

大学間でのコンパへの興味へ持ってこうとして言い聞かした。

 

 

16歳〜18歳まで

勉強すると名目で予備校に出かけ

トランプしたり、雑談をする

非生産的な日々を過ごした。

 

 

大学に行くなら一流大学じゃないと意味がないと

一浪して大学受験を真剣に取り組もうとした。

 

 

一日10時間以上勉強した時期もあった。

しかし、勉強が続かない。

 

 

 

 

 

2009年12月 18歳 (浪人生時代)

 

勉強を継続してできなかった。

僕には5流大学に行く選択肢の学力しかなかった。

 

自分に甘え、

周りに流された自分。

 

 

結果この有様

 

 

このままよくわからない大学に行って

なりたくもないサラリーマンになって

 

 

今までバカにしてた。

タメのやつにこき使われる。

 

昔は馬鹿やったな−

楽しかったなーと

中学時代、予備校時代の思い出話をツマミに

ビールを飲む。

 

あと、ちょっと若かったら。と

20代から言い続け、親の玩具として生きていく

 

未来を想像した

 

 

吐き気がする

 

 

なんで行きたくない、楽しくないとわかってる世界に

行かないといけないんだ。

 

 

そんなことを日々考えてるうちに

僕は死にたくなっていった。

 

 

僕は親になんやなんや

お金を支払ってもらってるし感謝してる

 

ポジティブな性格の僕が

 

死にたいと母親に言わずにはいられない状態に

僕自身、辛かった。

 

 

「死にたい」と僕が言うたんびに

母親はなんともいえない悲しい顔をした。

 

言いたくなかった。

僕自身、辛かった。

自分を変えたかった。でももう変え方もわからなくなっていた。

 

 

結局、〇〇だから

結局、おれってダメなやつだから。

どうせ、

どうせ。

 

 

自分に自信が持てない日々

 

そんな時に、

16歳の時に、美容学校の合格書を見て

 

挑戦なんて、気持ちもなく

やってみたかった。

 

自分が楽しいと思える業界に方法に進みたかった。

逃げでもなんでもいい。

 

 

 

おれのことはほっといてくれ

 

 

 

 

そしてまた親に大学に行きたくないと親に伝えた。

 

 

 

当時、僕が一人で悩みぬいて出した答えがこれだった。

 

「親は子供が幸せに生きることを願ってるはず」

「だから俺は言うことを聞かない」

「一度しかない人生、二回目だったらいうこと言う通りできたかもしれないけど、この今回は俺の好きにさしてくれ」

 

 

 

このことを伝えたことが効いたのか

2010年の1月頃に専門に行くことになった。

 

 

 

=====

 

2009年12月25日 美容師(ヘアメイクアーティスト)を志した決意書

IMG_0163

 

=====

 

 

お金なんて本当にどうでも良かった。

安定なんて本当にどうでも良かった。

世間体なんて本当にどうでも良かった。

 

 

ただおれは好きな様に生きていきたかった。

 

 

 

〜 〜 〜 〜 〜 〜

続きはこちら

第2章 美容学生時代〜好きな仕事をしたら幸せ。は幻想〜

 

 

 

PS.

好きな仕事をしたら幸せって信じたかった。

まさかこんなことになるなんて

 

 

 

 

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